2014年01月29日

本当にノーベル平和賞にふさわしいと思うなら、憲法9条が「押しつけではないこと」と「自力で保持できたこと」についての説明が必要

1月25日の神戸新聞のサイトに「日本国民にノーベル平和賞を 署名サイト、支持広がる」という記事が掲載されていました。

記事によると、
憲法9条を保持する日本国民にノーベル平和賞を‐。戦争放棄をうたった条文を戦後70年近く守り続けている意義を世界的に広めようとするインターネット上の署名活動が注目を集めている。神戸の学識者らが推薦人に名を連ね、昨秋に開設したサイトには、すでに1万3千人を超える支持が集まっている。
神奈川県座間市の主婦鷹巣直美さん(37)が発案。学生時代に留学したオーストラリアで、内戦などで祖国を追われた人たちに出会い、平和な日本と、それを支える憲法9条の重みを実感したという。「自衛であれ、介入であれ、行使していい武力なんてない。『徹底して戦争をしない』という9条の趣旨を大切にしないと」
とのこと。

また、署名を募っているというHPには、
日本国民は、積極的に憲法を活かすまでには至っていないかもしれません。しかし、世界中が武器を片手に戦力で物事を推し進めようとする圧力の中で、世界中の人の幸せと平和を願い、戦争への反省から、まず自ら率先して戦争の放棄、武力の不保持を定めた憲法を、戦後70年近くもの間保持してきました。このことによる世界の平和と安定への貢献は計り知れないほど大きいと言えるのではないでしょうか。
もちろん、日本国民全員が現憲法に賛成しているわけではありません。しかし、今現在も、今この時も、憲法を変えてはいません。これはひとえに、戦後、戦争への反省と平和への願いを込めて、大勢の方々が戦争の悲惨さと愚かさを語り継ぎ、祈りを込めて受け継がれてきた平和への願いがまだなお深く息づいているからだと思います。
と書かれています。

この報道を受けて、ネットでは「そもそも憲法9条はアメリカによる押しつけにすぎない」、「在日米軍がいるから戦争放棄しても平和が維持できたんだ」、「こんな提案をするなんて日本人として恥ずかしい」などという意見が出されています。

私もこのニュースを見て、まず“日本国民の間でさえ「憲法9条がアメリカの押しつけではなく、しかもその保持を日本国民だけでできた」というコンセンサスはないのではないか”という疑問を抱きました。

国立国会図書館の資料によると、憲法9条の原案は1946年2月3日にマッカーサーがGHQ民政局に提示した「マッカーサーノート」であるとされています。
 憲法第9条の原案は、「マッカーサーノート」(1946年2月3日)の第2原則に由来する。そこには、「自己の安全を保持するための手段としての戦争をも、放棄する。」と記されていた。しかし、この記述は、国際法上認められている自衛権行使まで憲法の明文で否定するものであり、不適当だとして、「GHQ草案」(2月13日手交)には取り込まれなかった。

自衛権行使を否定する部分は取り込まれなかったとしても、このマッカーサーノートの原則を基にGHQ草案が作られ、これを受ける形で日本政府が憲法改正草案を作ったということになります。

一方で、戦争放棄を最初に言ったのはマッカーサーではなく、当時の幣原喜重郎首相だったという説もあります。
その経緯については、平野三郎元衆議院議員が1951年2月に幣原元首相に直接聞いた内容がネット上に公開されています(「幣原先生から聴取した戦争放棄条項等の生まれた事情について」)。

その中で幣原元首相は、マッカーサーからもらったペニシリンによって自身の風邪が治ったことのお礼をするという名目で、1946年1月24日にマッカーサーを訪問し、その席で戦争放棄をGHQ側から命令として出してもらうよう進言したと語っています。

しかしながら、以下の部分を読むと、天皇制維持とのバーターとして戦争放棄を持ち出したとも受け取れます。
 僕には天皇制を維持するという重大な使命があった。元来、第九条のようなことを日本側から言い出すようなことは出来るものではない。まして天皇の問題に至っては尚更である。この二つに密接にからみ合っていた。実に重大な段階であった。                    
 幸いマッカーサーは天皇制を維持する気持ちをもっていた。本国からもその線の命令があり、アメリカの肚は決まっていた。所がアメリカにとって厄介な問題があった。それは豪州やニュージーランドなどが、天皇の問題に関してはソ連に同調する気配を示したことである。これらの国々は日本を極度に恐れていた。日本が再軍備したら大変である。戦争中の日本軍の行動はあまりにも彼らの心胆を寒からしめたから無理もないことであった。 日本人は天皇のためなら平気で死んでいく。殊に彼らに与えていた印象は、天皇と戦争の不可分とも言うべき関係であった。これらの国々はソ連への同調によって、対日理事会の評決ではアメリカは孤立する恐れがあった。この情勢の中で、天皇の人間化と戦争放棄を同時に提案することを僕は考えた訳である
 豪州その他の国々は日本の再軍備化を恐れるのであって、天皇制そのものを問題にしている訳ではない。故に戦争が放棄された上で、単に名目的に天皇が存続するだけなら、戦争の権化としての天皇は消滅するから、彼らの対象とする天皇制は廃止されたと同然である。もともとアメリカ側である豪州その他の諸国は、この案ならばアメリカと歩調を揃え、逆にソ連を孤立させることができる。
 この構想は天皇制を存続すると共に第九条を実現する言わば一石二鳥の名案である。

つまり、天皇制を維持するためにはGHQが望んでいるだろう戦争放棄を、自分たちから先に言い出す必要があったということです。

こう考えると、天皇制の存続が危ぶまれるという特殊な事情があったために取引の1つとして戦争放棄を言い出さざるを得なかったとも言うことができ、その場合、堂々と世界平和のために自分たちで発案したんだとは言い難いのではないでしょうか。
要は、憲法9条の発案がGHQだったのか日本側だったのかについては、日本国内においてすらいまだに議論や解釈の余地があるということです。

したがって、署名を求めるHPにあるように「世界中が武器を片手に戦力で物事を推し進めようとする圧力の中で、世界中の人の幸せと平和を願い、戦争への反省から、まず自ら率先して戦争の放棄、武力の不保持を定めた」と言い切ってしまうことには違和感を禁じ得ません。

現時点でも日本国民の中にコンセンサスがあるとは思えませんし、そもそもGHQ説と幣原説の両説があることを知らない人も多いのではないでしょうか。

加えて、なぜ現在まで憲法9条を保持し続けられたのかという理由についても国民の間でコンセンサスがあるとは到底思えません。

署名HPにあるように「戦後、戦争への反省と平和への願いを込めて、大勢の方々が戦争の悲惨さと愚かさを語り継ぎ、祈りを込めて受け継がれてきた平和への願いがまだなお深く息づいているから」守れたのでしょうか。
在日米軍や核の傘の存在はまったく関係なかったのでしょうか。

私のように日本国民ですら疑問を持つ人がいる以上、国際的にすんなりと受け入れられるとは思えません。

他国の中にも“憲法9条は敗戦国である日本を非武装化し将来にわたって無力化するために戦勝国が考えた仕組みであって、戦後の日本は地政学的、戦略的な観点から配備されている米軍やアメリカの核の傘に守られてきたんだから武装する必要がなかっただけではないのか”と考える人は少なくないと思います。

日米安保条約によって守られている現実を直視せずして、「祈り」とか「願い」という抽象的な言葉で感情に訴えかけようとしても無駄だと思います。
国際社会はそんなナイーヴな言葉で理解が得られるほど甘くはありません。

したがって本当にノーベル平和賞が欲しいのであれば、国際的に通用する説得的、論理的なアプローチをする必要があるでしょう。
そうでなければ一国平和主義者の単なるお遊びにしか見られないと思います。


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