2014年04月17日

国会議員の歳費を削減する前に「政治にかかるコスト」を検証すべき

4月16日の毎日新聞の社説は、「歳費と公務員給与 『身を削る』はどうした」というタイトルで、国民には消費増税を強いながら復興財源目的で減らされていた国会議員歳費と国家公務員給与がこの4月から元に戻ることを批判しています。

社説では、
 確かに、歳費は政治にかかるコストの観点から冷静に議論すべき問題だ。だが、主要政党が自ら言いだし約束した定数削減が進まぬ以上、歳費カットを継続しないと政治への信頼を損なうことは自明である。
と指摘しています。

「主要政党が自ら言いだし約束した定数削減が進まぬ以上、歳費カットを継続しないと政治への信頼を損なうことは自明」ということは、言い換えれば国会議員というのはお金の無駄だから定数は少なければ少ない方が良く、定数を減らせないのなら一人当たりの歳費を減らせということです。

他の先進国と比べて日本の国会議員の歳費が高すぎるという点については、これまでもメディアで繰り返し指摘されていることはご承知のとおりです。

しかし、各国それぞれ政治制度や選挙制度が違うため、一概に額面を比較して高いとか安いとか言っても意味がありません。

この点について、立命館大学准教授で現代日本政治論が専門の上久保誠人氏は次のように指摘しています。
 単純に金額を比較すれば、日本の議員歳費(1人年間2200万円)は、英国(1人年間970万円)など他の先進国の中で最も高い。但し、日本では歳費の多くが議員活動費となっている。歳費から政治家個人の政治団体に対して寄付されるという形で、私設秘書の給与、事務所費などの経費として使われているのだ。実態として、裕福な世襲議員などを除けば、多くの議員が個人の生活費として使える金額は、一般サラリーマン並みでしかない

 また、日本では「中選挙区制」により政策よりも利益誘導が重視される選挙が行われてきた歴史経緯から、国会議員の活動の多くが地元で行われている。地元活動とは、個人後援会、支援団体、その他各種団体、地方自治体、地方議会議員などとの連絡や要望等の吸い上げ、中央官庁への陳情の媒介、選挙民の国会見学や東京見物のツアーコンダクター、冠婚葬祭への出席等であり、経費の大部分がそれらに費やされる

 このような活動は米国議員活動に似ている。だが、米国では下院議員に対して、歳費以外に年間1億円以上の職務手当が別途支給されており、多くのスタッフを雇用して対応することができる。一方、日本の議員が地元対応に使える経費は、米国より少なく明らかに中途半端な金額だ。そして、日本では地元での活動経費が足りないことから、「政治とカネ」の問題が頻発してきた。

要は、額面で多寡を判断するのではなく、日本の政治/選挙制度や政治文化を所与として、どれぐらいの歳費が適当かという議論をする必要があるということです。

それを踏まえて導き出された歳費の額が国家の財政や一般的な金銭感覚に照らして“高すぎる”ということであれば、今度はその額の前提となっている制度や文化を変えていけばよいのです。

これまでの歳費に関する議論は、なぜそれだけの金額が必要なのかという点を軽視し、ただひたすら国民感情を気にして安ければ良いということだけに焦点を当て過ぎてきたように思います。

 「議員歳費3割削減、ボーナス5割削減」を率先してアジェンダで謳っていたはずのみんなの党の渡辺代表本人が、資金が足りずに隠れてDHC会長から多額の選挙資金を借り入れていたことがまさにその本末転倒ぶりを象徴しています。
 
何の積算根拠もなく徒に歳費を減らせば、必ず足りない部分を別のルートから補わなければならないわけで、そうなると資金繰りに困った議員が新たな不正に手を染めかねませんし、ひいてはそれが政治不信につながり、さらに歳費を減らせという負のスパイラルに陥りかねません。
歳費を減らせば減らすほど、元々の資金力の差がものを言うようになります。
 
渡辺代表にしても政治/選挙活動にはお金がかかることを自覚しておきながら(そして足りないことが分かっていながら)、国民(メディア)ウケを意識するあまり、「歳費・ボーナスカット」などという“ポピュリズム公約”を出さざるを得なかったというのが実情でしょう。
 
今回の毎日の社説では「確かに、歳費は政治にかかるコストの観点から冷静に議論すべき問題だ」という一言でスルーしていますが、まさに「政治にかかるコスト」をどう考えるかが本質的な論点なのです。
 
議員歳費が高額なのは一般のサラリーマンなどと違って生活費のためだけのお金ではないからであって、消費増税とのバーターで議員歳費を減らせなどというのは明らかな見当違いです。

国会議員も消費税を払っているわけで、まして消費税の増税分を歳費の復元分に充てるわけではありません。

政治/選挙にかかる費用を極端に減らせないというのであれば、むしろ適正な支出がなされているかという事後的なチェックに力を入れるべきで、貧乏議員の方がより不正への誘惑をかられてしまうような無慈悲な削減は慎むべきでしょう。
 
また、歳費と並んでよく言われる「議員定数」についても同様に、単に減らせば良いというものではありません。

定数を減らすことによるデメリットは、すぐ思い付くものだけでも“少数政党の候補者が当選しづらくなり多様な意見を吸い上げにくくなる”、“各政策分野や省庁ごとに分かれた国会の委員会活動に支障が出る”などが挙げられます。
これらのデメリットを検討せずして定数削減を行うことは愚の骨頂ですし、文字通り政治家の自殺行為です。

問題を深く掘り下げ、多面的に検証することが報道機関の役割とすれば、「身を切る」というワンフレーズの前に思考停止に陥っている現状はその役割を果たしているとは言えません。

メディアこそ安易な議員叩き、公務員叩きのポピュリズムから脱し、物事の本質を捉えた丁寧かつ慎重な報道を心がけていただきたいものです。


| 東京 ☀ | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。