2014年04月23日

傲慢な親を許してしまうような社会の寛容性は必要ない

最近、twitterなどで話題になっているAERAのこの記事。
「現代に子どもを育てる親たちはワガママ? 子育て阻む『言論』の壁」
 
記事では、
 「出産したら会社を辞めなさい」
「泣く子には睡眠薬を飲ませろ」
子育て世代には時に、厳しい言葉も向けられる。
溝を埋めることはできるのか。
という問題意識の下、現代の子育ての問題について取材をしています。

品川区の池田山に建設予定の保育所をめぐって近隣住民が反対運動をしている話をとっかかりに、子どもを育てる親に浴びせられる様々な冷たい視線や言葉を挙げています。
 
こういう問題は大抵の場合、批判する側と擁護する側で意見がかみ合うことはありません。世代や境遇によって意見が異なるのは当然ですが、それ以前にそれぞれが見ている親自体が違うのに、すべてひっくるめて議論してしまっているためです。
 
この記事でも“子どもを育てる親”と一般化して語っていますが、その一般化が問題をこじれさせているのです。
 
例えば、飛行機の中で泣く赤ちゃんの親に抗議したさかもと未明氏や、同じように新幹線で泣く赤ちゃんに対して「舌打ちするくらいはいい」とツイートしたホリエモン氏が遭遇した“子どもを育てる親”は、ホリエモン氏が「なく子にイラつくんじゃなくて親の対応にイラつく」と指摘したように、公共の場で赤ちゃんが泣いた場合にどう対応すべきかということを弁えていない親だったのです。
 
さかもと氏にしてもホリエモン氏にしても、このときに公共交通機関で初めて赤ちゃん連れと遭遇したわけではないでしょう。
単にこれまではちゃんと対応する親だったから目に付かなかっただけで、今回だけ親の種類が違ったから批判したのだと思います。
記事中に出てくる
 「赤ちゃんにきびしい国で 赤ちゃんが増えるはずがない。」
というコピーライターの境治氏によるコピーや、
 あなたは親なのに、子どものためを思っていない。子どもを優先できない事情などあるはずがない。そう断罪されることが何よりも、子育てをしている親の心を打ちのめすのではないだろうか。
という記者の言葉は、現実に周りの迷惑を考えない行動を取っている親と遭遇してしまった人にとっては、まったく響かないのではないでしょうか。
“子どもを育てる親”の中にも(理由は何であれ)社会性を備えていない自分勝手な行動をする人も少なからずいます。

たまたまそういう親に出会って不快な思いをした人が行った個別の批判を取り上げ、それを一般化して「日本は子育て世代に厳しい」と騒ぐから、議論がかみ合わないのです。
 
私がこの記事を読んで、もっとも違和感を持ったのが次のケースです。
 金融機関で働く女性(39)は、夫が海外に単身赴任となってもう4年になる。長女が5歳の時、インフルエンザにかかった。仕事の納期日のため午後は出社しなければならず、名古屋から親戚が到着するまでの数時間、一人で留守番させた。心細くなった長女が何度も鳴らす携帯電話に出る暇もなく、トイレに駆け込んでかけ直した。
「ごめんね、ごめんね」
 この4月に長女が小学校に入学すると、さらに預け先に困ることになった。
 学童保育は午後6時半までで、保育園の延長保育よりも1時間短い。30分でも延長してもらえないかと区に申し入れたが、
「子どもの生活リズムを考えると、区が対応するのは難しい。塾に行かせたらどうでしょう」
 との答えだった。
「子どもに対して誰よりも後ろめたく思っているのは母親です。それでも帰れないという現実があるから、より安全な預け先を確保したいのに、締め出された子どもに何かあったら非難されるのも母親。何が本当に子どものためになるのか。それを決めるのは誰なんでしょうか」

はっきり言って、この夫婦は“先のことを考えなさすぎ”ですし、“すべてを得ようとしすぎ”です。

まず結婚して子どもを産んだ時点で、夫婦として仕事と子育てをどうやりくりしていくかを考えるのが普通です。

そして、夫婦が2人とも仕事を続けたい場合で、2人も簡単に仕事を休めないとか毎日帰宅が遅くなることが分かっていれば、お互いの家族や親戚に面倒を見てもらうか、それが無理ならベビーシッターが必要になることを想定しなければならないでしょう。

この女性の場合は夫が海外に赴任することになったものの、おそらく仕事を辞めたくなかったから単身で行ってもらうことにしたのだと思いますが、そうなると世話ができるのが自分一人になるわけで、子どもが病気になっても仕事が休めない場合の対応をきちんと考えておかなければならないのは火を見るよりも明らかです。
 
その手立てをせずに、急に名古屋の親戚に頼る時点で考えが甘いと言われても仕方がないと思いますし、この頼まれた親戚も「なんでそんな容易に想像できる事態を想定していなかったの」と思ったことでしょう。
 
夫のDVでシングルマザーになり、どうしても自分がフルタイムで働かないといけないのであればともかく、海外赴任をするような会社に勤める夫がいるのであれば、子どものためにもっと休みやすい部署に異動させてもらうとか、仕事を変えるとかといった選択をすべきではないでしょうか(もちろん夫婦逆でも良いでしょう)。
 
2人しかいない親が2人とも我が子の世話より仕事を優先しなければならないのであれば、どうやったって誰かに面倒をみてもらわないといけないのは当たり前でしょう。
それが嫌ならどちらかが仕事の優先度を下げて、子育ての優先度を上げる努力をすべきです。

私もまさに“子どもを育てる親”なのでよく思うことですが、子育てをしながらの生活というのは「常に自分の欲求と現実とのせめぎ合い」なのです。
 
子どもが赤ちゃんのときは、遠方への旅行、静かなレストランでの食事はもちろん、映画館や美術館など、すべて我慢してきましたし、それが当然だと思っていました。
 
仕事についてもたびたび休んだり早退していましたが、それによって評価が下がっても仕方がないと思っていました。
 
ただ、仕事に関しては人それぞれでどうしても休めない種類のものもあるでしょう。
しかしそうであれば、繰り返しになりますが、転職をするとか、就業形態を変えるという方法もあるのではないでしょうか。
 
社会が悪い、行政が悪い、会社が悪いと批判したところで、現実の生活は厳然と毎日そこにあるわけで、その中でどう対処していくかを考えるのが親の努めです。

いくら待っても全員が全員満足するような育児支援制度はできませんし、どんな状況でも自分の欲を押し通そうとする傲慢な親をも許す寛容性を社会に期待するのはバカげています。
 
子どもという絶対的に誰かの世話が必要な存在を自分たちで生み出しながら、それまでと何も生活スタイルを変えず、もしものときの手立ても考えず、ただ一方的に行政の支援や社会の寛容さを求めるという人に誰が共感できるのでしょうか。

正直、私はそんな親に育てられたくありません。


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